変調方式 QAM(カム)
最新の変調方式
電波に信号(情報)を載せることを「変調」と呼びます。逆に電波に載せられた信号(情報)を取り出すことを「復調」と呼びます。
電波に信号を載せる方法にはさまざまな方式があります。この方式のことを「変調方式」と呼びます。
モバイルブロードバンド(ワイヤレスブロードバンド)では、高速通信を実現するために単位時間の電波により多くの情報を載せられる変調方式を採用しています。
モバイルブロードバンドでは、電波状況に合わせて複数の変調方式を使い分けます。
その中で最も多くの情報を載せられるのが、QAM(カム) と呼ばれる変調方式です。
QAM は、電波の「振幅」と「位相」の両方を使用して変調を行う変調方式です。
QAM について解説する前に、まず電波の「振幅」と「位相」とは何か? について解説します。
振幅、周波数、位相とは
電波は波です。
波の動きは単振動する物体の動きに似ています。
重りをぶら下げたバネ(スプリング)を想像してください。
重りを少し持ち上げてから手を離すと、重りは上下に振動を始めるでしょう。
この振動が単振動です。
この重りに摩擦のないペンが後ろ向きに付いているとします。
重りの後ろに大きな紙を近づけます。
すると、重りのペンは紙に上下縦の直線を描きます。
同じ場所に何度も直線を描くはずです。
今度は、後ろの紙を横に移動してみましょう。
すると紙には山と谷を周期的に繰り返す曲線が描かれるはずです。
この曲線が波です。
電波の波も、この単振動によって描かれた波と同じ性質を持っています。
山の高さ、又は谷の深さを「振幅」と呼びます。
1秒間に山が現れる回数を「周波数」と呼びます。単位は Hz(ヘルツ) です。
今度は同じようにバネにぶら下がった重りを2つ用意しましょう。
同じように重りにはペンが付いていて後ろの横に動く紙に波を描くとします。
一つめの重りを「重りA」とします。もう一つの重りを「重りB」とします。
「重りA」を先に持ち上げて手を離し先に上下振動させておきます。
「重りB」は持ち上げたまま動かしません。
後ろの紙は両方同時に横に動かします。
上下振動する「重りA」が一番下に達したタイミングで、「重りB」の手を離し上下振動を開始します。
すると、「重りB」は「重りA」に対して丁度半周期遅れて上下振動を始めるはずです。
つまり、「重りA」が一番上に達した時点で、「重りB」は一番下に達しているはずです。「重りA」が一番下に達した時には、「重りB」は一番上にいるはずです。
次に、後ろの紙に描かれた2枚の波の絵を重ね合わせてみましょう。
すると「重りA」の波と「重りB」の波は、丁度山と谷が逆になっているはずです。
「重りB」の波は「重りA」の波より半周期遅れているのです。
この、「遅れ」のことを「位相」と呼びます。
「位相」の大きさ、つまりどれくらい遅れているかは、角度やラジアンで表されます。
「重りB」の波の位相は180度です。「重りA」の波の位相は 0度 又は 360度 です。
なぜ「角度」で表すかというと、上記の重りのように単振動する物体の動きは、回転運動する物体を横から眺めた動きと同じだからです。
波の周期の幅が 40cm の波があるとします。
位相の遅れが 90度 だとすると、波の山の頂点の位置が 10cm 遅れて現れます。
位相が 360度 の場合、位相は 0度 になります。
つまり波が丁度一周期遅れた場合は、遅れていないことになります。
無線通信の世界では、電波の「振幅」と「周波数」と「位相」を変化させることにより、電波に信号(情報)を載せて通信を実現しています。
振幅変調
「振幅変調」とは変調方式の一種です。電波の振幅の大きさを変化させることにより信号(情報)を電波に載せます。
デジタル変調の場合、振幅の大きい電波で「1」を表し振幅の小さい(無い)電波で「0」を表すことにより変調します。
電波に信号(情報)を載せられる最小の単位(最小の時間)のことを「シンボル」と呼びます。
デジタル振幅変調の場合、1シンボルに載せられる情報量は 1ビットです。
これを ASK(amplitude shift keying) と呼びます。
位相変調
「位相変調」も変調方式の一種です。電波の位相を変化させることにより信号(情報)を電波に載せます。
位相を180度単位で区別した場合、0度で「0」を表し180度で「1」を表すことができます。
この場合、1シンボルに載せられる情報量は 1ビット です。
これを、BPSK(binary phase shift keying) と呼びます。
位相を 90度 単位で区別した場合、1シンボルに載せられる情報量は 2ビット(4値)になります。 これを、QPSK(quadrature phase shift keying) と呼びます。
1シンボルに載せられる情報量が多いということは、通信速度が速いということです。
振幅位相変調
「振幅変調」と「位相変調」は組み合わせることができます。
振幅の大小と、位相を 180度 単位で区別した場合、以下の表のように 4通り の信号(情報)を表せます。
振幅 | 位相 | 信号 |
---|---|---|
小 | 0度 | 00 |
小 | 180度 | 01 |
大 | 0度 | 10 |
大 | 180度 | 11 |
このような変調方式を「振幅位相変調」と呼びます。
この場合、1シンボルに載せられる情報量は 2ビット(4値)です。
QAM変調
QAM(Quadrature amplitude modulation) は、「カム」又は「クアム」と読みます。
日本語に直訳すると、直交振幅変調 となります。ウィキペディア百科事典では 直角位相振幅変調 と訳されていますが、この翻訳は初心者には「振幅位相変調の一種かな?」という誤解を与える可能性があるので、初心者は直交振幅変調で覚えてください。
QAM は 振幅変調 の一種です。振幅位相変調 ではありません。(結果的に位相も変調の要素になりますが、位相変調を施したわけではありません)
QAM で変調するときは、位相が 90度異なる2つの正弦波(普通に「波」のことだと考えてください)に、それぞれ4値、又は8値,16値のように、いくつかの振幅を持たせ、それぞれの正弦波にデータを載せます。データを載せるときは 振幅変調(ASK) で、変調します。(この段階での変調は仮の変調です)
その上で、この2つの正弦波を合成します。「位相が90度異なる2つの正弦波」のことを「直交する正弦波」 とよく呼びます。直交する正弦波はお互いに干渉しません。どちらかの信号が相手の正弦波の信号を書き換えてしまう、ということがありません。だから、直交する正弦波は合成することができるし、合成した波を分解して、元の直交する正弦波(2つの波)を取り出すこともできます。
直交する正弦波を合成して得られた波は、振幅と位相の組み合わせでデータを表現しています。(この段階での変調が実質的な変調です)
この合成波を送信します。
つまり、QAM の変調は
(1)直交する二つの正弦波それぞれに振幅変調でデータを載せる
(2)その二つの正弦波を合成する
の2段階に分かれていると考えてください。
QAM で復調するときは、受信した合成波を分解して、直交する正弦波を取り出します。
この位相の90度異なる2つの正弦波に対して、それぞれ復調して元の信号を取り出します。
(1)合成波を分解して、直交する正弦波を抽出する
(2)直交する正弦波に対して、それぞれ復調する
「直交する正弦波は互いに干渉しない」性質を利用して、振幅変調と正弦波の合成を利用して、1シンボルにより多くの情報を載せられるようにした変調方式が QAM です。
QAM には1シンボルに載せられる情報量によって、いくつかの種類があります。
「直交する正弦波」それぞれに持たせる値の数によって、1シンボルに載せられる情報量が変わります。
その情報量ごとに、以下のような種類の QAM が存在します。
QAMの名称 | 「直交する正弦波」 それぞれに 持たせる 値の数 | 1シンボルに 載せられる 情報量 | 信号点の数 |
---|---|---|---|
16QAM | 4 | 4 bit (16値) | 16 |
64QAM | 8 | 6 bit (64値) | 64 |
256QAM | 16 | 8 bit (256値) | 256 |
QAM の名称は、信号点の数がそのまま名前になっています。また、信号点の数は、振幅の「値の数」X「値の数」になっているのが分かると思います。
QAMの論理概念(16QAM)
QAM の中でもモバイルブロードバンドでもっとも多用されている 16QAM の論理概念について、図を用いて説明します。16QAM が理解できれば、他の QAM についても理解できます。
ここで言う論理概念とは「人間の頭で考えやすいように抽象化された概念」と、お考え下さい。
具体的に説明すると「具体的な信号の実装方法を考えることなく、直交する正弦波を合成することで、1シンボルで表せる信号の配列の説明」とお考え下さい。
以下の図は、16QAM が、1シンボルで表せる値全てを、図で表したものです。信号空間ダイアグラム と呼びます。別名として信号星座図,信号配置図とも呼ばれます。
「直交する正弦波」を、それぞれ X 座標と Y 座標 の2次元座標で表現しています。
この図では、「原点から伸びる線分」の角度が、位相を表しています。
X 座標軸は、角度が0度なので「位相が0度の波」の値を表しています。この波を暫定的に余弦波(cosθ波)と呼びます。これを上図で I 座標と表記します。
Y 座標軸は、角度が90度なので「位相が90度の波」の値を表しています。この波を暫定的に(狭義の)正弦波(-sinθ波)と呼びます。これを上図で Q 座標と表記します。
余弦波(cosθ波)と正弦波(-sinθ波)に、それぞれ「00,01,11,10」の4値を持たせます。(大小順に並んでいませんが、気にしないでください)
余弦波(cosθ波)と正弦波(-sinθ波)の4値が、それぞれ座標上で公差する点が、16QAMで表せる信号です。上図の緑色の○で表記しているものが、それです。
余弦波(cosθ波)の値が上2桁, 正弦波(-sinθ波)の値が下2桁 で表現できています。余弦波(cosθ波)と正弦波(-sinθ波)の値が、お互いに干渉しないことが、この図を見ると理解できると思います。「直交する正弦波は互いに干渉しない」とはこういう意味です。
この16QAM信号空間ダイアグラムは、「直交する正弦波によって、表せる信号の配置」を表しています。
ちなみに、X 座標の余弦波(cosθ波)に対して、Y 座標の正弦波(-sinθ波)は、位相が 90度 進んでいます。だから、「sinθ波」では無く「-sinθ波」になっているのです。「sinθ波」だと、「cosθ波」に対して位相が 270度 進んだ波になってしまいます。(90度遅れた波でもあります)
QAMの(実装の)成分分析(16QAM)
16QAMの信号の論理配置が決まったところで、16QAMを実装します。16QAMの実装とは、信号を載せた(振幅変調した)余弦波(cosθ波)と正弦波(-sinθ波)の2つの波を合成して一つの波にすることです。
2つの波を合成すると、信号は振幅と位相の2つの成分によって実装(表現)されます。
具体的な実装方法は、簡単な数学(三角関数)によって分析することができます。以下に実装方法の成分分析の方法について説明します。
以下の図は、16QAM信号空間ダイアグラムの第一象限の4つの信号についてのみ、その成分を分析計算した結果です。
信号点の原点からの直線距離を r と定義しています。 r は振幅の大きさを表します。
信号点に原点から伸びる線分の角度が、位相を表します。それをθと定義しています。
考えやすいように(計算しやすいように)、仮に単純な値を割り当てています。余弦波(cosθ波)と正弦波(-sinθ波)に、それぞれ (-3, -1, 1, 3) の4値を割り当てています。(信号の間隔を等間隔(2)にしています)
話を単純にするため (1, 3) の2値についてのみ考えてみます。
4つの信号点 (1,1),(1,3),(3,1),(3,3) の r を求めると上図と同様に以下のようになります。
(1,1) の r = 1.41
(1,3) の r = 3.16
(3,1) の r = 3.16
(3,3) の r = 4.24
r の値は、1.41 と 3.16 と 4.24 の3種類になります。
この値は、(-3, -1, 1, 3) の4値で計算しても、同じ3種類になります。
これは、「振幅が3種類である」ということを示しています。
次に位相について考えてみます。
上記4つの信号点の角度を計算してみます。
まず、tanθ を求めます。
(1,1) の tanθ = 1.00
(1,3) の tanθ = 3.00
(3,1) の tanθ = 0.33
(3,3) の tanθ = 1.00
このtanθの値を元に、以下の三角関数表で角度を求めます。
<三角関数表>
結果は以下のようになります。
(1,1) の θ = 45 度
(1,3) の θ = 約 72 度
(3,1) の θ = 約 18 度
(3,3) の θ = 45 度
θの値は、18 度, 45 度, 72 度の3種類になります。
これは第1象限だけの値です。θの値は各象限ごとに異なる値が算出されるので、第4象限まで含めると4倍の12種類となります。
これは、「位相が12種類である」ということを示しています。
以上の計算により、「16QAM は、振幅3種類と位相12種類によって実装される」と分析できます。
QAMの実装方法(16QAM)
同様の計算を(-3, -1, 1, 3) の4値で行った結果が以下の表です。
(Excel によって計算したので、角度が「三角関数表」と微妙に異なります。より精度の高い値が出ています)
象 限 | x (I) | y (Q) | 振幅 (r) | 振幅 (式) | tanθ | θ角度 (ラジアン) | θ角度 (度数法) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 3 | 1 | 3.16 | √10 | 0.33 | 0.10π | 18.43 |
3 | 3 | 4.24 | 3√2 | 1 | 0.25π | 45 | |
1 | 1 | 1.41 | √2 | 1 | 0.25π | 45 | |
1 | 3 | 3.16 | √10 | 3 | 0.40π | 71.57 | |
2 | -1 | 3 | 3.16 | √10 | -3 | 0.60π | 108.43 |
-1 | 1 | 1.41 | √2 | -1 | 0.75π | 135 | |
-3 | 3 | 4.24 | 3√2 | -1 | 0.75π | 135 | |
-3 | 1 | 3.16 | √10 | -0.33 | 0.90π | 161.57 | |
3 | -3 | -1 | 3.16 | √10 | 0.33 | 1.10π | 198.43 |
-3 | -3 | 4.24 | 3√2 | 1 | 1.25π | 225 | |
-1 | -1 | 1.41 | √2 | 1 | 1.25π | 225 | |
-1 | -3 | 3.16 | √10 | 3 | 1.40π | 251.57 | |
4 | 1 | -3 | 3.16 | √10 | -3 | 1.60π | 288.43 |
1 | -1 | 1.41 | √2 | -1 | 1.75π | 315 | |
3 | -3 | 4.24 | 3√2 | -1 | 1.75π | 315 | |
3 | -1 | 3.16 | √10 | -0.33 | 1.90π | 341.57 |
※ラジアン値の求め方の豆知識:
第2象限、第3象限ではtanθ値から角度(ラジアン)を求めると、マイナス値になってしまいます。
この場合、算出されたラジアン値に円周率(π)を加算します。
第4象限では、第1象限と同じ値が算出されてしまうので、2πを加算します。
数学の解説は以下のサイトをご覧下さい。
<三角法と弧度法>
上記の計算結果を図で表したのが、以下の「16QAMの実装図」になります。
振幅3種類と位相12種類で、先に示した 16QAM信号空間ダイアグラム と同じ信号配置が実現できていることが分かります。
これが、「直交する正弦波」を合成した波です。
16QAMの波形図
以下の図は、16QAM の波形図のサンプルです。先の「16QAMの実装成分分析」の図で登場した、第1象限の4つの信号点を順番に1つずつ変調した信号の波形図です。画像をクリックすると拡大図を表示します。図の解説も拡大図のページに載せています。
16QAMの波形図の拡大画像へその他の QAM
16QAMの論理概念と同様な論理概念で、さらに多くの値を1シンボルで表せる QAM も実現されています。
I と Q の値に、それぞれ 8 値の値を持たせ、8 X 8 = 64 値 を表せる 64QAM。
I と Q の値に、それぞれ 16 値の値を持たせ、16 X 16 = 256 値 を表せる 256QAM などが実用化されています。
※ 64QAM,256QAM の振幅、位相の数と、信号がどのようにマッピングされているかは、16QAMと同様に三角関数で計算すれば分かります。
QAM は、情報密度の高い物ほど、伝送エラーが発生しやすくなります。256QAMが bit 誤り率が高く、64QAM より、16QAM の方が bit 誤り率が低くなります。
16QAM より、8PSK 、QPSK 、BPSK の順に bit 誤り率が低くなります。
逆に、一回の変調で伝送できるデータ量は 逆の順番になります。
最後に、多くのWEBサイトでは 振幅4値に位相4値を乗算して、4×4で16QAMを成立させてると解説していますが、間違いです。
モバイルブロードバンドでの利用状況
変調方式は情報密度の濃い(1シンボル当たりに載せられるビット数の多い)ものほど、伝送エラーが発生しやすくなります。
よって、モバイルブロードバンド(ワイヤレスブロードバンド)では電波状況の悪いときは情報密度の薄い変調方式に自動で切り替わり、電波状況の良いときは情報密度の濃い変調方式に切り替えます。
第3.5世代携帯電話(HSPA)では、16QAM が採用されています。
第3.9世代携帯電話(LTE) では、64QAM が採用されます。
モバイルWiMAX では、64QAM が採用されています。
XGP では、256QAM が採用されています。